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以「天下人」為目標的信長

把天下奪過來
以「天下人」為目標的信長


信長從天皇處得到令人震驚的綸旨,天皇稱讚信長「為天道而努力,是古今無雙的名將」


◆接天皇綸旨
信長進駐稻葉山城3個月後的永祿10年(1567)11月,獲勅使頒下正親町天皇天皇綸旨,天皇綸旨的要點如下:

「今度,国々、本意に属するの由、武勇の長上、天道に感応す、古今無双の名将、弥これ乗り勝つられべく候……なかんづく両国御料所、且つ御目録出させられるの条、厳重に申し付けられる……」

正親町天皇稱讚平定尾張、美濃兩國的信長,稱其武勇為遵循「天道」,「古今無雙的名將」是天皇所贈最大的稱許。而天皇綸旨下半部份是垂詢「兩國御料所##」的目錄地點及年貢。日本人相信天皇是從上天選派落地上支配人世之神,而天皇稱信長同樣為應天道而行武勇的「古今無雙名將」,可說是在「天道思想(道教思想)」中最高的稱許。

◆統一天下之道的起點
自此以後,信長開始用上「天下」一詞,在外交及公式文書中也愛加入「天下」二字,並且下令禁止職人、藝能世界的好手自稱「天下一」,必先得到信長的許可。
信長、秀吉、家康都被稱為「天下人」:信長在統一戰國亂世的途上倒下、秀吉承繼信長的偉業、家康開創幕府,可是第一個具有天下意識、稱得上真之「天下人」的,就只信長一人!

##御料所:室町幕府時,每國均有土地被劃為御料所,御料所範圍土地之所得均須上繳京都,供養皇室。但隨著戰國亂世,幕府權威墮地,各國大名均不願上繳產物,侵吞御料所土地,使皇室窮困潦倒,但仍有少數具尊皇意識的大名願意出資接濟天皇,織田家是其中之一。
 

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戦国安土城・織田信長記後藤又兵衛製作,以共享創意署名-非商業性-禁止衍生 3.0 香港 授權條款釋出。

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自己紹介:
戦国の史事が興味深いの香港人(沉迷日本戰國的香港刀足輕)

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